こんにちは!
滋賀県近江八幡市で、
創業天保元年から6代続く石屋、
兼子石材店の店主・兼子裕司です。
自己満足かも分かりませんが、
ものづくりが大好きで、
42年間石屋をやってきたワシの経験と思いを書いているブログです。
皆さんは、
古いお墓を見る時、
どこに目が行きますか?
お墓の形でしょうか?
それとも彫られている文字でしょうか?
ワシは昔の職人が手加工で作ったお墓を見ると、
まず最初に見るところがあります。
それは、
石の角です。
今日は、
昔の手加工のお墓と、
そこに残された職人の技術について書いていきたいと思います。
石の角を見れば職人の腕が分かる
昔の手加工のお墓を見ると、
ワシはまず角がきちんとできているかを見ます。
角が真っすぐ通っているか。
直角がきちんと出ているか。
角の出し方を見れば、
その職人の腕がある程度分かります。
「この職人、上手やなぁ」
と思うこともあれば、
「ちょっと雑な仕事やなぁ」
と思うこともあります。
今なら機械で石を切れば、
真っすぐな角を作ることができます。
しかし、
昔はそうはいきません。
いろいろな道具を使って少しずつ石を加工し、
最後に「両刃(タタキ)」という道具で角を切って仕上げていきます。
この角を真っすぐ切る作業が、
ほんまに難しいんです。
もちろん、
角を欠かしてもいけません。

石の角や直線を確認しながら加工しています。
技能五輪で経験した手加工
ワシも岡崎で修業していた頃、
技能五輪に出たことがあります。
そのために半年ほど前から練習をしていました。
技能五輪では、
すべて手加工で石を作らなければなりません。
また、夜に通っていた訓練校の石材科でも、
昔ながらの作り方で石を加工する試験が2回ありました。
その時にも両刃を使って角を切りました。
一番難しかったのは、
やはり角を真っすぐ切ることです。
角を欠かさないように気をつけながら、
道具を当てる角度や力加減も覚えました。
ただ、ワシらの時代には、
すでにタンガロイの付いた道具がありました。
昔の職人が使っていた無垢の道具とは違います。
50周年記念事業で昔の加工を再現
今年、
滋賀県石材組合連合会の50周年記念事業として、
昔の石材加工技術を後世に残すための取り組みがありました。
昔ながらの方法で石を加工する様子を動画に記録し、
加工工程ごとのサンプルを作って、
滋賀県の琵琶湖博物館に寄贈するというものです。
サンプルは組合員で分担して作り、
動画撮影での加工はワシが担当しました。
使った石は、
滋賀県の比良の石です。
今では採石されていませんが、
比較的柔らかく、
手加工のしやすい石です。
そして、
今回の動画撮影では、
使う道具をすべて焼くところから始めました。
タンガロイの付いていない、
昔ながらの無垢の道具です。

自分たちで焼いて手入れをしていました。
無垢の道具は思っていた以上に難しかった
ノミは岡崎で修業していた頃にも自分で焼いて使っていたので、
特に違和感はありませんでした。
ハイカラも大丈夫でした。
しかし、
ビシャンと両刃は違いました。
ビシャンを焼くのは初めてで、
親父から昔聞いていたことや、
ほかの職人さんに教えてもらったことを頼りに焼きました。
正直、
ちゃんと焼けていたのかどうかも分かりません(笑)
両刃も同じです。
それでもビシャンは何とか使えました。
ところが、
両刃は思っていた以上に切れませんでした。
実は、
親父が昔焼いて、
使わずに残していた両刃が2丁ありました。
その両刃も使ってみましたが、
やはりタンガロイの付いた両刃とは切れ味が全然違います。
角を真っすぐ切るのに、
ずいぶん手間がかかりました。

少しずつ石を取って形を整えていきます。
小タタキ仕上げの目も、
タンガロイの道具のようには綺麗につきません。
ワシの腕が悪いのかも分かりませんが(笑)
しかも、
今回使った比良の石は、
比較的加工しやすい石です。
それなのに、
これほど苦労するとは思っていませんでした。
撮影では無垢の道具を使いましたが、
その後の加工ではタンガロイの付いた道具を使いました。
その違いが、
めちゃくちゃよく分かりました。
無垢の道具でも、
もうちょっとちゃんと角が切れると思っていたんですが(笑)
改めて、
昔の職人はすごかったんやなぁと思いました。
この技術を残すには遅かったのかもしれない
今回の記念事業は、
ワシらの世代がやらなければ、
昔の手加工の技術を後世に残せなくなる。
そんな思いから始まった企画でした。
ただ、
ワシにしたら10年か15年遅かったと思います。
親父が生きていたら、
道具の焼き方や使い方について、
もっといろいろ聞けたのに。

昔の手仕事を支えてきたものです。
そんなことを思いました。
ワシの親父も若い頃は、
手加工でお墓を作っていました。
ワシが生まれた年に切削機を買ったので、
それからは機械加工が中心になったのだと思います。
親父が手加工で作ったお墓がどれなのか、
聞いたことがありませんでした。
今になって、
なんで聞いておかなかったんやろうと思います。
おじいさんが作ったお墓
親父の作ったお墓は分かりませんが、
おじいさんが作ったお墓は、
以前に教えてもらって見たことがあります。
もちろん、
最初に見たのは石の角です。
綺麗にできていました。
それだけではありません。
彫られている文字も、
深く、
綺麗に彫られていました。
その時代の道具で、
ようこれだけ綺麗に彫れたなぁ。
そう感心したのを覚えています。
今でも、
そのお墓は綺麗に残っています。
昔の職人がどれだけの技術を持っていたのか。
今回、
自分で無垢の道具を使ってみて、
そのすごさを改めて感じました。
昔の職人の技術を後世に残す
今では機械加工が当たり前になり、
昔ながらの手加工でお墓を作ることはほとんどありません。
便利な機械や道具ができたことで、
石の加工は大きく変わりました。
しかし、その一方で、
昔の加工技術を知っている職人は少なくなっています。
道具が残っていても、
その道具をどう焼いて、
どう使うのか。
実際にやってきた人に聞かなければ分からないこともあります。
今回の記念事業で、
そのことを強く感じました。
動画は現在編集中で、
今後YouTubeで公開される予定です。
今回の記録が、
少しでも昔の石材加工技術を後世に伝えるものになればと思っています。

そして、
古い手加工のお墓を見る機会があれば、
ぜひ石の角を見てみてください。
そこには、昔の職人が苦労して作り上げた技術が残っています。
石は何十年、何百年と残ります。
でも、その石を加工した職人の技術や経験は、
残そうとしなければ失われてしまう。
今回の経験で、
そんなことを改めて考えさせられました。