創業天保元年 6代目 ものづくりが好きな 兼子石材店 ポンコツ店主が書く 自分の想いと自己満足劇場のブログです。

うちの店はワシで六代目になります。

創業は天保元年という事だそうです。

西暦にすると1830年

もうすぐ創業200年になります。

歴史だけはあります(笑)

7代前が何をしていたか分からないので、

もしかしたらもっと古いのかもしれません。

もともとは琵琶湖の西側、

北比良と言う所に住んでいて、

そこで貧乏して、

今住んでいる安土の親戚をたどって安土に来たらしいです。

その親戚が石屋をしていて、

石屋になったと言う事らしいです。

なのでその親戚も入れたら、

「いったい何時から石屋やってたの?」

って思います。

ワシのおじいさんの代、

4代目の時は、

泊りが2人、

通いが3人

と、人を使って盛大にやっていたようです。

おじいさんは石工としての技術もよく、

流れもんの職人がおじいさんと、

仕事の腕比べをしたら、

おじいさんが上手すぎて帰って行ったと言う事も親父から聞いた。

それに商売も上手かったらしい。

金儲けも上手かったらしく、

当時、家が3軒建つぐらいお金を持っていたらしいが、

明治銀行の倒産で一文無しになったらしい。

おじいさんも親父も腕が良かった。

機械が無い時代なので、

今と違い腕の良しあしがよくわかった。

うちのお客様は地元の金持ちの家や、

良い職人の方の仕事ばかりやっていたみたい。

ワシが彫刻をしていると、

おじいさんを知っている人たちから

「おじいさんに似て器用やなぁ。」

ってよく言われた。

親父も腕が良かったので、

ワシも負けない様に頑張らないといけない。

親父の代は、一人親方で、

忙しい時や据え付けの時に手伝ってもらうと言う、

ワシと一緒のスタイル。

決して商売は上手ではなかったと思うけど、

色々な仕事があった。

オイルショックもバブルも知っている。

なのに金が無い。

なんでや?(笑)

おじいさんとその辺が違うんかな(笑)

昔の人間なんで、

仕事だけの親父でした。

家で何もかも作っていた時代だったので、

ず~と働きっぱなしの親父でした。

明日はワシの事を書いてみようと思う。