予定通り豊郷町立日栄小学校に
「力士像」の取材に行って来た。
相変わらず上手い喋りでした。
校長先生へのインタビューが終わり、
写真を撮りに行き終了。
その後は兼子石材店への取材がありました。
初めはそんなのはなかったんですが、
前日の滋賀県立琵琶湖博物館への取材の帰りに、
「月刊石材」の社長を車に乗せて近江八幡のホテルまで送って行った。
その車中、
色んな話をしている中でうちの家に残っている、
古い物の話になり、
「そんなんがあるんだったら取材に行きます。」
っと言う、流れになってしまい、
うちの家に取材に来られました。
創業天保元年 6代目 ものづくりが大好きな 兼子石材店 店主が書く 自分の想いと自己満足劇場のブログです。
「月刊石材」には今まで2回取材を受けている。
その他にも、
・滋賀県石材組合連合会
・日本石材産業協会
などでよく喋っているので、
ワシの事を色々と知っている。
でも車の中で喋っていた事が今まで話したことがない事
だったんで、
食いついて来たようだ。
初めに「ふいご」
鍛治作業(ノミ焼きなどに使う道具)に使う送風機。
これは、
滋賀県石材組合連合会50周年記念事業で使った事もあり、
うちにあるので見せました。
50周年記念事業で使った物は、
昭和3年からうちで使っていた物。
うちにある一番古い「ふいご」はコレ!


安政3年(1856)から使っていた物。
江戸時代の最後の方です。
名前はワシのおおじいさん。
親父のおじいさんです。
屋号の「石大」は、
「石屋の大吉」
から来ています。
それと、
「常楽寺村」って言うのは始めて知りました。
何でも年号は書いておくもんですね。
それともう一つはコレ。

大福帳です。
右側は明治42年。
これもワシのおおじいさんの使っていた物です。
中身の写真です。


こんな時代なんで、
もっと「どんぶり勘定」みたいなものだと思っていたんですが、
結構細かく書いてある。
それにこの「大福帳」
もっと一杯残っていました。
見ていると知っている家もあり、
よその古い物を見ているよりも、
もっと楽しく見ていられる。
時間がすぐに経ってしまう(笑)
その他にも図面や文字原稿もあり、
一つは現場まで実物を見に行って来ました。

「忠魂碑」
この原稿も家にありました。
乃木大将が書かれた文字です。
「月刊石材」の社長にも喜んでもらえ、
ワシも色々と見れて楽しい時間が過ごせました。
うちに色々とある位なんで、
全国探したらもっと一杯出てくるんじゃないでしょうか。
今日のブログはうちの店の歴史(ちょっとだけですが)でした。
でも良く残っていたなって思います。
捨てられないタイプのご先祖様ですね(笑)
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